【トラウマ】原作者「野坂昭如」が語る『火垂るの墓』の真実【都市伝説】

アニメ
出典:cinema.ne.jp

アニメを知らなくても、ジブリだけは知っている。

今回紹介するのは、そんな大きな知名度を持つジブリ作品の中でも一際異彩を放つ、『火垂るの墓』の原作の裏話です。

※シリアスかつグロテスクな内容が含まれますのでご注意ください。

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原作『火垂るの墓』はどんな作品なのか

ジブリ作品としての火垂るの墓を知っていても、原作の内容までは知らないという方も多い思いますので、原作の内容をかいつまんで紹介しておきます。

太陽戦争末期、兵庫県のとある町に住んでいた少年”清太”と妹の”節子”は神戸大空襲によって母と家を失い、未亡人である叔母の家に身を寄せることになる。

はじめは順調だった共同生活だが、戦争が進むにつれ、叔母との諍いが絶えなくなり、居心地が悪くなった清太は節子を連れて家を出ることを決心する。

家を出た清太は節子と共に貯水池のほとりにある防空壕の中で暮らし始めるが、配給が途切れがちになり、食料も思うように得られず、節子は栄養失調で弱っていった。清太は田畑から野菜を盗んだり、火事場泥棒をすることで飢えをしのいだが、その奮闘むなしく、ある日節子が川辺で倒れているのを発見する。

病院に連れていくも「滋養を付けるしかない」と言われ、銀行から貯金を下ろし、やっとの思いで食料を調達するも、時は既に手遅れ、節子はその生涯を閉じた。

一方の清太は節子を荼毘に付した後、防空壕を去り、三ノ宮駅に寝起きする戦災孤児となっていた。しかし、節子同様に栄養失調を患っていたため、ほどなくして野垂れ死にとなった。

尚、清太の死体は他の死亡した30人の死体と共に荼毘に付され、無縁仏として納骨堂へ収められた。

『火垂るの墓』の知られざる真実

出典:renote.jp

書かれる予定は無かった『火垂るの墓』

多くの人に影響を与えた『火垂るの墓』ですが、原作者の野坂さん曰く、当初は全く書くつもりがなかったらしく、過密なスケジュールの中、担当編集から毎日のように原稿を催促され、仕方なく書き上げたそうです。

後に、野坂さんは娘さんから、学校で「火垂るの墓の作者は、どういう気持ちでこの物語を書いたでしょうか」という宿題を出されたと話題を振られ、「締め切りに追われ、ヒィヒィ言いながら書いた」と答えたそうです。

原作者の野坂昭如に「二度と見たくない」と言わせるほど悲劇的な物語

原作を概ね忠実に再現した、ジブリ『火垂るの墓』ですが、”文字”ではなく、”映像”として見た時に、原作者の野坂さんは、「わたしはこの映画を二度と見たくない」と言ったそうです。その言葉に込められた意味、重みは筆者には知る由もありません。

『火垂るの墓』は野坂昭如の戦争原体験を題材に書かれている

まさか…とは思いますが、『火垂るの墓』は野坂さんの実体験を基に描かれています。戦時中、野坂さんには幼い妹がいましたが、あの時代を二人で乗り切ることは難しく、妹さんは命を落としました。また、野坂さんは『火垂るの墓』の執筆に亡き妹への追悼の意を込めたと語っています。

『火垂るの墓』に苦しめられた野坂昭如

物語、特に小説というのは真実の中に嘘を混ぜることでより魅力的な作品に生まれ変わりますが、野坂さんにとっての嘘とは亡き妹に対する懺悔のようなものでした。野坂さんにとっての嘘とは、「自分が良き兄であったということ」。

作中では節子の良き兄として描かれていた清太ですが、野坂さん自身は「ぼくはあんなにやさしくはなかった」「ぼくの体験にもとづいてはいるが、実際の妹はまだ1歳4カ月、喋れなかった。」と心の内を明らかにしています。

「わずかな米をお粥にして妹にやる。スプーンでお粥をすくう時、どうしても角度が浅くなる。自分が食べる分は底からすくう。実のあるところを食べ、妹には重湯の部分を与える。」

「幼い妹の世話は父や母のように出来ない、妹に食べさせるつもりの食糧まで自分が食べてしまい生後1年半の妹を死なせてしまったと現在でも悔やんでいるのです。」

「妹が自分の手の中で死んでいったこと、亡骸を自分で火葬したこと、その骨をドロップ缶に入れていたこと、この辺りのエピソードは全部実話です。」

「わが桎梏の碑」で語られる『火垂るの墓』

多くの人の涙を誘い、戦争の凄惨さを描いた『火垂るの墓』ですが、野坂さんが記した「わが桎梏の碑」では、全く異なる、真実の先が述べられています。

作中で、野坂さんは何度も、自分に言い聞かせるように「自分は清太ほどやさしくなかった」を繰り返し書いています。更には、衰弱死していく妹を横目に自分だけ食べ、放置し、最後には妹の太腿にさえ食欲を感じたそう。

食に飢えた妹さんは頻繁に夜泣きし、野坂さんは泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったそう。のちに、妹さんに対する扱いが虐待に近かったことは野坂さんも認めています。

「飢えた妹はよく夜泣きした。野坂は泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったという。妹に対する扱いは虐待に近かったことは野坂も認めている。」

清太が飢え死にするのはあり得ないことだった

ジブリ『火垂るの墓』に出てくる清太の父親は海軍大佐、それも巡洋艦の艦長であるため、父親が戦死した場合、相当な額の補償金、及び、身柄の保護があったと考えられます。実際、貯金をおろしていたことや病院で節子を見ることも出来ていましたし、7000円(現在では700万円相当)のお金を持っている時点で”普通なら”飢え死にはあり得ません。しかし、そこで敢えて二人を飢え死にさせたことについて、ジブリ『火垂るの墓』の監督、高畑勲さんは次のように述べています。

「周囲の人々との共生を拒絶して社会生活に失敗していく姿は現代を生きる人々にも通じるものである」

恵まれた環境にあったからこそ、自らの生き方に不満を持ち、結果的に誤った方向へ進んでしまったのかもしれません。

『火垂るの墓』のことをもっと知るなら…

皆さん思うところはあるかと思いますが、この記事を見て更に『火垂るの墓』を知りたいと思った方は是非とも原作小説をご覧ください。

原作小説には、アニメ版で語られなかった(語りきれなかった)物語が沢山記されています。作品を楽しむという意味でも、戦争を知るという意味でも、新たな気付きを得られるはずです。

加えて、原作者の野坂さんが『火垂るの墓』を執筆後に出された『わが桎梏の碑』もおすすめです。こちらは『火垂るの墓』で書かれた真実が真実でなかった、というような話が複数盛り込まれており、『火垂るの墓』を見た時の疑問を解決出来る内容になっています。

それでは長くなりましたが、「原作者「野坂昭如」が語る『火垂るの墓』の真実」は以上となります。最後までご覧いただきありがとうございました。